ようこそ「ACIMを学ぶみんなの広場」へ

CRS Staff

ようこそ!「ACIMを学ぶみんなの広場」へ。

CRSヒーラーの増田奈奈です。

これからここで、多くの方々と日々の気づきをシェアさせていただきたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

記事のアップはこちらをクリック

 

Comments

癒すということは、喜ばせること。
31/03/2010

みなさん、こんにちは。

木々がやわらかい黄緑に色づき始めたと共に、新しく生まれ変わったCRSでの、3月30日 New York, ACIM Advクラス より、ぜひ、みなさんとシェアーをしたいメッセージがあります。

 

癒すということは、喜ばせることです。

そして喜びとは、分かち合いたいと思うものです。

癒しとは、喜びを生み出す行為です。

(授業より)

 

私事ながら、この3月18日に、Manhattan, City Hall にて、ちいさな結婚式を挙げました。 その日は快晴、気温は、ノースリーブのドレスでストリートを歩いても平気なほど、暖かくなりました。 ランチの予約を入れてあるレストランまで、ダウンタウンからアップタウンに向かう20ストリートほどを、歩くことになりました。 お花を片手に、すこしだけドレスアップをした行列がブロードウェイを歩く、ちいさなパレードです。 その道すがら、OLさん、工事のおじさん、SOHOをおさんぽするおじいちゃん、ヒップホップ風の格好をして、道に座って暇をつぶしているおにいちゃん、などなど、見ず知らずの方が、"Congratulation"(おめでとう)と言葉をかけてくださいました。 わたしはまるで、微笑みのフラワーシャワーをかけてもらっている気持ちになりました。 わたしが微笑めば、世界がわたしに微笑みかえしてくれる、というのは、こういうことなのでしょうか。

喜びとは、とても優れたヒーリングツールのようです。

 

つまりあなたは、自分を喜ばせることを拒否することで、癒しのきっかけを逃しています。(授業より)

あなたは神が創造された時と同じように純粋で、神聖なまま、光と喜びと平和は、あなたの内にとどまっている。(Lesson 93) このひとつのことを思い出すだけで、癒され、その光と喜びと平和は、分かち合われて行くんですね。

 

Commented by Mariko E. Reynolds  http://butohnyc.blogspot.com/

レイナード・真理子(CRSレジデンスアーティスト)は、舞踏ダンサーでありながら、精神分析、ボディーワーク、野口整体を学んだ、気功マッサージのヒーラーでもあります。彼女は、人間の身体は肉体的な特質の他に、
精神と魂を含んでいると考え、この思想において、舞踊は意識を彫刻化したものだと捕らえています。ACIMの学びは、彼女の創作において、おおきな柱となっています。

Mariko Endo
おめでとう!!
01/04/2010

真理子ちゃん、ご結婚おめでとう!!

そして、シンプルなこのメッセージを、もう一度思い出させてくれてありがとう。

「JOY」

ほんと、それだけで、癒されて、嬉しくて、満ち足りたきもちになるね。

そしてそれは自然にシェアされるもの。

いつも、どんなときも、この大切な宝物が、すでに自分の中にあることを、忘れないようにしたいね。

 

新しいハズバンドと、イニシャルH.S.のもう一人の隠し夫と一緒に、喜びにあふれた日々を送ってね。

 

ばい!

ばい!

ばい!

ばい!

ばい!

 

 

CRS Staff
こんばんは。今東京は23時です。
11/03/2010

はじめて投稿します。東京の青木れい子と申します。


去る3月7日、渋谷での香咲さんのセミナーに久しぶりに伺うことができました。ワークブックを手にしてのセミナーはとても新鮮で、今まで以上に香咲さんのおっしゃることが分かりやすいセミナーでした。


私自身、昨年から今年にかけて新しい出会いがたくさんあり、たくさん助けられ、気付かされ、感謝の思いが絶えません。今現在も出会い・受け取り続けているように思います。


また、書物から受け取るメッセージも急速に増えています。図書館やパソコン上でたまたま目にした本が私の意識を広げてくれる体験をしている最中です。


そんな中でのACIMのワークブックとの出会いは、更に私の意識を広げてくれています。今まで香咲さんが本当に言いたかったことはこういうことだったのだ、と今更ながら気付きました。


そして、数年前にした私の体験とオーバーラップして、あの時の不思議な感覚を体験した意味を見出しています。


「『私の人生』というドラマを見ている『大きな目』、それ以外は全て現実ではありません。」いつも香咲さんはそうおっしゃいます。毎回聴いていて、頭では理解していたつもりの理論でした。そして、それとは別のところにあった私の『恐ろしい体験』。でも、そうではなくて、それは一つのものでした。


数年前、手術時に麻酔による悪夢を見た、と私は思っていました。それはとても強烈な感覚で、恐ろしくて仕方がありませんでした。体が溶けていて、どろどろしていて、ぐるぐると回っていました。周りとの区別がつかないようでした。私は高い声で叫んでいるようでした。気付くと、私は上のほうから『私の人生』を眺めていました。家族の存在が近くにいて、私に係わっていたのが感じられました。途方も無く今までの人生が懐かしくいとおしく感じられました。私は『帰りたい』と思いました。そして、私はドシンと重さを感じました。まず踏み切りの音が聞こえました。目の焦点が少しずつ合い始め、指先に感覚が戻ってきました。安心感からか、感情があふれ出し、とめどなく涙が溢れました。こんな強烈な体験は初めてでした。暫くは忘れられず、恐怖感が抜けませんでした。何年か忙しく過ごしていた時期は、すっかり忘れていました。意味さえ分かりませんでした。でも、それには大きな意味があると今は思います。


私は、とても恵まれていると感謝しています。この体験と、香咲さんや友人たちとの出会い。そして、ACIMを学んでいくことで(ACIMだけが唯一無二とは思っていませんが)、本当の現実を知り、感じることができたら、本当に人生が変わっていくと思うのです。


今、様々な出会いの反動からか、自分が本当にやりたいことが見えなくなっています。その代わり以前のように人との関わりが怖くなくなってきました。自分を過小評価する必要が無いことにも気付き始めています。


早く人生を先に進めたいと言うあせりに似た気持ちがまだあります。人はこの先どこに向かうのか、その中で私が担う役割は何か・・・。進んでいるように見えて足踏みしているように思えてもどかしくも感じます。


少し力を抜いて、気を楽にして、自分の感情を味わってみます。少しずつ整理されてきました。長くなりましたが、お読みくださってありがとうございました。また、投稿させていただきますね。

れい子

reiko aoki
こんにちは
02/04/2010

れいこさん、こんにちは。

CRSヒーラーの増田奈奈です。

 

れいこさんの投稿文を読みながら、シェアしてくださった思いの一つ一つが、全部、自分のもののように思われました。

 

>少し力を抜いて、気を楽に

私は、あせっているときや、がんばっている時って、つい、これを忘れてしまうのですが、そうするとふと気がつくと,またいろいろなものを見失ってしまっています。

安心感とか、安らぎとか、自分に優しくする気持ちとかを。

 

でもそんな中で、

>少し力を抜いて、気を楽に

を思い出すとすぐに、まるでバスタブのお湯の中からぷか〜っと何かが浮かんでくるような、暖かく、自然な感じで、欲しかった安心感ややすらぎ、このままでいいんだという思いが、自分の意識の中に帰ってきます。

 

 

「少し力を抜いて、気を楽に。」

一日に何度でも思い出したいですね。

 

思い出すきっかけをくださって、ありがとうございました。

 

 

CRS Staff
香咲です。れい子さん、ありがとう。
31/03/2010

 CRS の改築、再オープンの準備がやっと終わりました。返信がこんなに遅くなってしまってごめんなさい。

東京のセミナーは、ほんとうにたくさん学べましたね。れい子さんはじめ、みなさんが大事なことをオープンに

寛大にシェアしてくださって、わたしもいろいろな気づきがありました。みなさんの力強さに、今も、支えられています。いつも、どうもありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。

 やりたいことがわからない、という経験は、わたしにもあり、そしてそれはちょうど一年間続き、その一年が、わたしのほんとうのヒーリングのはじまりでした。「人生はわたしがコントロールしているんじゃない」「わたしの考えで動くものじゃない」ということを身を持って知ったからです。焦るのをやめて、ただ、待つ、ということに身をゆだねると、逆に、人生が早く動くことも知りました。

 れい子さんの、いちばん明るい夜明けが、近づいているのかもしれませんね。数年前の強烈な体験も、朝の光のなかで、はっきり意味が見えてくるのでしょうね。

 わたしもご一緒に、楽しみにしています。

Yasuko

CRS Staff
香咲さん、奈奈さんありがとうございます。
19/04/2010

すこし、力が抜けていなかったこの頃でしたが(笑)、自分の投稿と奈奈さん、香咲さんのコメントを読んでまた我に返りました。


『物事が動いていないと感じた時こそ、何もしない』と教わったことがあります。


私の一番の望みは「毎日の生活のBASEを整えること」です。私は子供が4人いて毎日家事・育児・PTAなどに追われているのですが、やることが多いのに、要領が悪いのでしょうね。くたくたになってもまだ、終わらない。


そして同じパターン、「家が狭いから」「家族が協力しないから」「夫が」「子供が」・・・!と攻め立てたくなってしまいます。


もういい加減このパラドックスから逃れたくて毎日ACIMを実践しているのですが、忙しすぎてできないときは心の平和が乱れます。最近頭痛がするのも、この「乱れ」のサインだと気付きました。「待つ」って苦手です・・・。難しいです。周りの人はいつも涼しい顔で上手く渡っているように見えます。


解決策もASKすれば受け取れるのでしょうか?一度本当に腹を決めて、「待つ」事にしたいと思うのですが。「私の考えで動くものじゃない」とゆっくり唱えてみますLaughing

れい子

reiko aoki
れい子さんへ
21/04/2010

れい子さん

こんにちは。

 

>「家族が協力しないから」「夫が」「子供が」・・・!と攻め立てたくなってしまいます。

お気持ち、わかります。

なんだか自分ばかりが頑張って、誰も協力してくれていないように思えるとき、ありますよね。

 

でもそんなとき、ふと振り返ると自分のがんばりを一番認めてあげていないのが、実は自分だったりします。

精一杯頑張ってるのに「あれもこれももっとちゃんとやらなきゃ!」「自分は十分できていない」「もっと要領よくできるはずなのに」なんて、心の奥で自分を責めていたりするんですよね。

 

そういう状態に陥ったとき、私は弥須子さんのこのエッセイを思い出します。

「神様からもらった手鏡」

 

「わたしは、じゅうぶん、精一杯やっている。精一杯、生きている」

私自身が、私に向かって、それを認めてあげると、ふと心が安らぐ感じがします。

 

要領が悪く思えても、まだまだやることはあるのに追いついていないように思えても、「それでも私は精一杯やっている。これが私の精一杯なんだ。」

それを認めるとき、おびただしい数の「やるべきこと」を押し付けて自分を追いつめていた自分の力がふと緩んで、心も、体も、ようやく休憩できる感じがします。

 

 

CRS Staff