ストーリーズ Stories by Yasuko

香咲弥須子
12月 18 2009 - 4:26午後
メッセージ from Yasuko

「神様が、わたしに手鏡をくださった。

  よかったら、これでしばらく遊びなさい。いつやめてもかまわないから」

  人生は、こんなふうに始まったのかもしれません。

  鏡には、わたしが映ります。顔ではなく、心が。人生で、見聞きするものはすべて、 鏡に映し出されたわたしの心なのです。

「夫を、もっとちゃんとさせるにはどうしたらいいでしょうか」

 奥様方が尋ねます。実に大勢の奥様が。

  稼ぎの悪い夫がもっと甲斐性のある働き手になるには、どうしたらいいでしょうか。

  会社でうだつの上がらない夫が変わってくれるには、どうしたらいいでしょうか。

香咲弥須子
8月 21 2009 - 4:43午後
メッセージ from Yasuko

  何も欲望するものがないとき、心は穏やかに感じられます。このような波風のない心でずっと過ごしたいものだと思います。けれども、ひとたび、何かが心に生まれると、他愛なく、揺れ動いてしまいます。 
 
 歯が痛くなる。それだけで、限りないあれこれの波が心を揺らすのです。歯医者の予約を取らなければ。忙しいのに。痛いのはいやだなあ。保険外の料金をまた払わなくてはならないのだろうか。父親譲りの弱い歯が恨めしい。 
 
 胸にしこりのようなものがある。半年前のマンモグラフでは異常なかったのに。どうしよう。医者に行くのが怖い。もう手遅れだとしたら。
 
 失敗した。あんなことを口走るんじゃなかった。あのときの彼の表情が忘れられない。二度と彼はわたしと会ってくれないだろう。 

香咲弥須子
8月 15 2009 - 1:15午後
メッセージ from Yasuko

  これが欲しい、と思うとき、それはすなわち、「ああ、自分はこんなものを持っていたんだな」と気づくときです。こんなふうになりたい、と思うとき、それはすなわち、「ああ、それが本来の自分だったんだ。忘れてた」と気づくときです。

香咲弥須子
8月 7 2009 - 1:59午後
メッセージ from Yasuko

  パリからニューヨークに着いたばかりの友だちを、早めの夕食に誘いました。この春に、五回目のインドひとり旅を予定している彼女を、最近見つけた菜食インド料理店に連れていきました。
 余分な油、過剰なスパイスの一切ない、心身が洗われるような絶品を出すお店です。食もビールもおしゃべりも、店のご主人を巻き込んでの、とめどもなく続くものとなりました。

香咲弥須子
1月 28 2009 - 7:51午後
メッセージ from Yasuko

 あなたにとって、理想の人生とはどんなものでしょうか。
 あなたの“悲願”は何でしょうか。
 “三つのお願い”が叶うとしたら、あなたは何を願うでしょうか。
 健康長寿? 経済的繁栄? 仕事で認められること? あの人との恋愛成就?
 幸せな家庭を持つこと? 美しくなること?
 良い仕事を持ちたい、容姿を良くしたい、もっと稼ぎたい、能力を生かしたい、成功したい、良い結婚をしたい、健康になりたい、長寿を全うしたい、そう願うのは誰にとっても当然のように聞こえます。わたし自身も、もちろん、健康でいたいと思っています。健康でいられるように、完璧な自信はないにしても、気をつけてはいます。

香咲弥須子
1月 28 2009 - 7:46午後
メッセージ from Yasuko

 一日二十四時間、時間は誰にも平等に与えられている。

 わたしたちは、そんな錯覚にとらわれがちですが、実際には、時間は平等でもないし、与えられるものでもありません。
 時間の感覚、時間の長さは、人によって、時によって、たいへんな違いがあります。
 月から金まで会社にお勤めしていらっしゃる方にとっては、時間は「週末まであと何日」ということかもしれないし、「退社時間まであとどれくらい」と時計を見る人もいるでしょうし、お給料をもらえる「月末まであと何日」と楽しみに指折り数える人もいれば、社員にお給料を払う側の社長さんにとっては、「月末まであと何日」は同じでも、顔を青くして金策に走り回る何日、のことかもしれません。お腹の大きな女性は「臨月まであと何週間」だし、エアロバイクでトレーニング中なら「あと何分頑張れ!」と自分を激励するのだし、刑期終了まで「あと何年」と数える人もいるわけです。

香咲弥須子
11月 10 2008 - 3:24午後
愛について (再録) 〜連載〜

 先日、何か月も放ったらかしにしてあった家具を、時間をかけて磨きました。
木の家具と、石の家具、それから鉄の家具があるのですが、汚れをよく拭き取って、それぞれ専用のワックス等で磨いていくと、みるみるうちに、違ってきます。
何が違ってくるかというと、部屋のエネルギーが、文字通り<見違える>のです。
ばらばらの時期に、ばらばらの店で買った、作られた年代もかけ離れた、一貫性のない家具(しかも、高価なものではありません)でレイアウトされた部屋なのですが、それぞれのバイブレーションが共鳴し合って、ある目的を持ったエネルギーが生まれる感じがよくわかるのです。
 
 実は、家具を磨くついでに、少しレイアウトを変えました。なぜ変えたくなったのかわかりませんが、無性に「変えたい」と感じるときってありますよね? 

香咲弥須子
11月 3 2008 - 1:59午後
愛について (再録) 〜連載〜

 占いが、嫌いではありません。
 特に好きな占いが二種類あって、ひとつはメディスン・カード、アメリカン・インディアンの英知に基づいた動物占いです。もうひとつは、クロップサークル・カードで、昨年、自分でノートを作成して勉強しました(大笑)。
 このようなカード類(トランプ占いも含めて)や、ペンドラム等、けっこう好きです。当たりますしね。カードを混ぜたりペンドラムをそっとぶらさげたりしているときに、すうっと気持ちが鎮まって、三次元の知覚を超えた視線につながっていることが意識されてきます。
これがないと占いは当たりませんが、これがあるなら、必ず ”当たり” ます。
 

香咲弥須子
10月 27 2008 - 12:24午後
愛について (再録) 〜連載〜

愛とは何か。
 それをわたしたちは知ることはできない。
 なぜなら、この宇宙全体が愛であり、わたしたち自身が愛そのものだから。
 つまりわたしたちが「愛を客観することはできない」から。
 けれどもわたしたちは、愛を感じることによって、愛をわかることはできる。
 ホーリー・スピリットというコンセプトによって。
 
 これが、今まで考えてきた愛についての考察です。
 ホーリー・スピリットなるものが、愛を知る鍵だとするならば、そのホリー・スピリットについて学んでおかなければなりません。
 
 ホーリー・スピリットとは、いったい何でしょうか。
 
 ヨーガの師匠アイアンガーは、こんなふうに言っています。
「われわれは、”それ”をプラナと呼ぶ。中国では Chi、日本では気、そしてキリスト教の人々にはホーリー・スピリットと呼ばれる」。

香咲弥須子
10月 20 2008 - 4:37午後
愛について (再録) 〜連載〜

「悟り」とは、「愛を知ること」ではないかと書きました。愛を知るとは、許しを知ることではないかとも。
 愛を知るとき、今まで自分が抱えてきた痛みや苦しみ、恨みや非難といったものが全部表面に浮かび上がってきて、それが愛の歓びに溶かされていくのを見る、ということも書きました。
 
 さらに、「でもわたしたちは愛をほんとうに知ることができない」「なぜならわたしたち自身が愛の存在であり、また愛のなかに生きているので、愛を目撃することは不可能だから」と書きました。
 愛は、目に見えるものではないのです。けれど、体験することはできます。ホーリー・スピリットというコンセプトを通して。
 

ホーリー・スピリットとは、日本語では聖霊となります。キリスト教だけでなく、多くの宗教で大事にされているコンセプトです。