裏庭にサトルくんを見つけたとき、一陣の風がわたしのからだを吹きぬけていくような感じがした。 もう会えないかとあきらめかけていたのだ。 彼は箒の柄に両手を乗せて、棺ほどの大きさの池のほとりに立っていた。池の向こう側の、白い百合の群生を、見ていた。
MTAのストライキのために、思いがけない時間ができて、センターの近くの映画館で Townes Van Zants のドキュメンタリーを観てきました。 (さらには、実に久しぶりにこのエッセイに戻ってこられたわけです)。
ニューヨークで毎週やっているヒーリング・クラスで、すばらしい体験を話してくれた方がいました。 毎週同じ顔ぶれが揃うので、先週にはこんなことがあったとか、こんなふうにへこたれていたとか、みなさん、オープンに分かち合ってくれます。
今回は、ACIM の先生ではありませんが、わたしがたいへん感銘を受けているヒーラーと、そのヒーリングをご紹介したいと思います。
喘息の治療を通して、自分には身体を変える自由があり、好きなように考え、好きなように生きる自由があるということを知った、ということを前回に書いた。 そして、では好きなようにするとは、どんなふうにすることなのか という課題を負った、ということを書いた。
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