消せない怒り
Originally Posted: 05 Jun 2006 11:49 am
東京でのセミナーを聞き、 過去のことを、過ぎ去って今ないことを思い出して 今あ
るかのように引き戻し自分が傷つく、という話は まさに今の私の現状でした。自由
に確かにHAPPYな道を選べるのに、どうして 人間は傷つく道を選ぶのでしょう?単
なる癖でしょうか? “幸せになる”ってことがわからないのでしょうか。
私は 春になると、自分が 乳がんと診断された3年前の春にたち かえります。心と体が離れていっていた(価値観が違う人だからいつかは破綻するとわかっていましたが)付き合っていた彼に、そのことを告げに行きました。どこかで、慰めて欲かったですし、いつも彼のために頑張っている自分がいて、こんどは彼が私に何かできたら彼がラクになり、RELATIONSHIP がEVENになると計算したのも事実です。(そりゃあ うまくいきませんよね===)
で、仕事を終えて出てきた彼は、私が震えていて動揺していたにも関わらず、“あ、いまから 打ち上げで飲み会だから 後から電話するよ〜”と去りました。私の話を聞いて 10分で も15分でもそこにいることができたはずです。それを びっくりして逃げるように”飲み会”にいってしまいました。後から彼もゆっくり考えて自分のしたことに後悔したようですが・・・・。彼は彼なりにパニックだったのかもしれませんが、私は”飲み会”を選んだ彼に愕然としました。
私は それから3年たって、まだ 彼が 私が “癌である、その上に胸を切らなくてはならない、この先どうなるかわからない”と伝えたことに、“飲み会にいく”といったことに、 まだ うらむというか、怒っています。
ちょうど、セミナーの 数日前も 彼が仕事を終えて出てくる場所の前を偶然に通り
すぎながら、過ぎたことを過ぎたと認めないと自分が救われないのだ、 と思ってい
たところでした。 それでも、時どき このこと(このことだけでなく、彼との間に起こった様々な怒りや失望の気持ち)が沸々と湧いてきます。仕事で起こったことでもそうです。上司に誤解されたとか、会社で嫌な思いをした、とかいうことの強いエネルギーの方が私に残っている気がします。
どうして、ひとは、過去を思い起こし、今のように苦しむのでしょうか。楽しいことだけを思い出せないのでしょうか?楽しいことは、忘れてはいないのに、いちいち反芻しません。簡単に すっきり “過ぎたんだもーん、仕方ないじゃーん!”と発想を転換できたら どんなにラクでしょう。それができないから 人間は この世で苦しみます。そして よりよき方向 あるいは、REMEMBER WHO I AM(WAS)を目指すんでしょうけれど。
ーーーーー 匿名希望
Originally Posted: 05 Jun 2006 12:45 pm Post subject: お答え
わたしたちには、繰り返し過去に立ち返る癖があるようです。
良い過去にも、悪い過去にも、です。
「お母さんが厳しい人だったから、今でも自信が持てない」「あの恋愛の傷から立ち直れない」等々と、何度でも、お母さんへの恨みつらみ、昔のパートナーへの恨みつらみを反芻しては、「ああ、わたしは可哀想」と涙することもあれば、
「高校時代、わたしは優秀で人気者で、最高にしあわせだった」「二十代のわたしは仕事に抜きん出ていて、人よりもうんと収入が多かった」等々と、かつての栄光を心によみがえらせて、現在の”最高とは言えない状態”から目をそらそうとすることもあります。
どちらも、「たった今、わたしは幸せではない」という想いを肯定するためにしていることです。
過去に何かがあったから今が不幸なのではなく、過去と比べて今が不幸なのでもなく、今の不幸の原因を、過去に求めてしまうのですね。
言い換えれば、
今の自分を憐れむことを、過去の出来事(=人生に登場してきたあれこれの人々)を使って、正当化しようとしている。
ということなんです。
使える過去が足りなくなると、新たにすったもんだを起こして、材料を補給するということも、わたしたちはやります。それが「自分は運が悪い」「人生はやっぱり苦しくつらいもの」というように見えてしまうのです。
これを理解し受け入れるのに、時間がかかることがあるかもしれませんね。
「そんなのはウソだ! 正当化なんてとんでもない! わたしはホントに傷つけられたんだ!」とエゴが騒ぎますからね。でも、エゴがやかましくがなり立てている間にも、正気の部分が、この事実を忘れていなければ、やがて心は静かに落ち着いてきます。心が鎮まると、「今、わたしはこんなにも幸せじゃないの」ということに、やっと気づきます。
今の自分は、ほんとうに憐れむべき存在でしょうか。
人生は、ほんとうにそんなに残酷なものでしょうか。
ほんとうに?
ほんとうにそう思っていますか?
そうではないと感じている部分が、心の奥にないでしょうか?
毎日、その部分に意識を向けてあげる時間を作ってみるといいですね。
これが、自分を大切にするということです。
これが、ヒーリングです。
自己憐憫のための材料補給が要らなくなれば、事故や病を起こさなくていいようになるわけですから。
わたし自身も、いつも同じことを自分に問いかけ、腹を立てたり悲しくなったり、つまり間違ったときには、ほんとうの部分に戻るようにしています。すると、即座に、いいこと、奇跡、が起こるんです。
奇跡とは、心のほんとうの部分に戻ったときに、宇宙から贈られる「お帰り!」という返答のことなのですね。
香咲弥須子
