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クオンタム・ヒーリング

3 replies
Tomoko Murai
Joined: Oct 8 2004
User offline. Last seen 25 weeks 3 days ago.

Quantum Healingのクラスが終了した。この5ヶ月間で病気に対する私の考え方は大きく変わり、そして何よりも私の病状が快方へと大きく変化した。
私の病気は緑内障といい、眼圧が視神経を侵してだんだん目が見えなくなるという病気である。
医者の言う通りに数種類の目薬を点して、レーザー手術を繰り返すうちに、目の中に石が入っているような違和感、重たさ、圧迫感、疲労感を強く感じる一方で、視野は少しずつ狭まっていった。
何か治療法が違うのでは、と焦燥する日々だった。
Quantum Healingのクラスの中でQuantum Statement作成が変化のきっかけだった。
病気の根底に何があるのかを探るプロセスの中で瞑想を重ねると、自分の内部の感情やイメージが薄皮を剥くように出てきてそれは驚きの連続だった。
病気というと、私達は「病名」や「病状」(表面に出てきた「痛み」「疲れ」「機能低下」)に注目し、それに対処することが治療だと思ってきた。ところがQ.Hは奥底で原因になっている思考や感情(seed thought)を変えることによってのみ真の癒しが可能となる、という。
どうやってseed thoughtに辿りつくかは人それぞれのやり方があると思う。私はいつもの自分から離れて目そのものになったらどう感じるかから始めた。右目になりきって右目の気持ちや状態を時間をかけて探ってみる、左目も同様に。私の場合は、泥沼の中に目が埋まっていて、それを取り出して泥をぬぐうイメージが出発点だった。目は石だった。その頑ななものにひたすら暖かい愛の光を送り、その寡黙なメッセージに耳を傾ける。それを何度も繰り返した。少しずつ目は緩んで動き始めて柔らかさを取り戻し、やがて眼圧を下げる目薬が束縛感を与える気がして全部止めてしまった。問題だと思っていた私の目の中の石のような存在は「実はもともと存在してない」ということに最近気付いた。私はLimitlessで内も外の世界も同じで区別がない程、私は自由な存在なんだと気付いたら、目はどんどん自由に動き出し、目に生気が戻ってきたことを実感した。
病気とは困難な問題、或いは敵として捉えるものではなく、内からのメッセージの代弁者として捉える。そのメッセージを受取り、経過することで癒しのプロセスのスイッチがスタートし始める。そう考えると病気は内なるもの、聖なるもの、神からのメッセージに他ならず、愛しむもので「この気づきをくれてありがとう」と受け取るものだと思えてくる。普通の意味だと「元の状態に戻る」=「完治」ということになるが、Quantum Healingの癒しは「神が与えてくれる最高の状態」=「神と共にあることを毎瞬自覚する」にある。すると不安は安心に、恐怖は喜びに変わり、私の目は神の目となり、私の周りの世界に愛を見せてくれる。愛を見る時、何からも自由になれる。
「目は心の窓」と言われるように、心までも目と共に埋もれていたように感じる。人やものごとからいつも隔たりを感じていた。目をくるくる回して好奇心を持つような喜びやわくわくするような感情を忘れていたように思う。心を澄ませ、晴れやかな純粋な気持ちで毎日生きていくことがどんなに大切かと気づかせてくれた。
今、病気と共にある誰かがこれを読んで下さったら、病気は魂の成長に付き合ってくれてる、と考えてみて欲しい。癒しのプロセスのスイッチは病気へのアプローチ次第、いつでも遅すぎるということはない。医学的アプローチに行き詰まった方はぜひ病気からのメッセージに耳を澄ませて下さい。

Bliss Baby
Joined: Sep 16 2007
User offline. Last seen 2 weeks 2 days ago.
ありがとうございます

Tomokoさん、本当に素晴らしいメッセージ、ありがとうございます。
本当に本当によかったです!!! そして、ここでわかちあってくださったことも、とっても嬉しい!!!

Tomoko Murai
Joined: Oct 8 2004
User offline. Last seen 25 weeks 3 days ago.
こちらこそありがとうございます

Bliss Babyさん、一緒にわかちあって下さってありがとうございます。
今までなんとなくでしたが、このQuantum Healingのクラス以降、Holy Spiritとの繋がりをより身近に感じるようになりました。

Hiromi2
Joined: Nov 15 2005
User offline. Last seen 18 hours 39 min ago.
ほんとうに力強いメ

ほんとうに力強いメッセージ、どうもありがとうございます。「覚悟する」ということをもう一度考えさせられました。最初に読ませていただいてから一ヶ月ほどがたちますがよーく思い出していました。ここんとこ子供の病気やケガが続き診療所や救急に行くことが重なったのですが、深呼吸するとともこさんからのメッセージが届いて「大丈夫、怖がらなくてもいいんだ」と思えました。

話がとんでしまうのですが、ちょっと面白いことがあったのでここでシェアーさせてください。
うちの近所に言語障害をもった4才の男の子N君が住んでいます。幼稚園に行っていないせいか殆ど毎日規則的にうちに遊びにやって来ます。だいたいいつも裸足でペダルのない自転車に乗って、ドロドロの足の裏にピンクのペディキュアなんかしてます。わたしは彼の言うことがからっきし分かりません。夫も次男(4才)も分からないのですが、長男(6才)だけは分かるので時々通訳してもらってます。
子供同士で遊んでいる時はまだいいのですが、N君が時々うちで夕食を食べていく時が私にはかなりつらいのでして・・・・。彼はお話するのが好きで一生懸命私に話しかけてくれますが、食事中は彼との会話から逃げられなくて・・・・何度聞き返しても分からないので、適当に返事をしていると「あー傷つけてないかな・・・申し訳ないな・・・・」と罪悪感を感じてしまいます。
先日も夕食中、何度も同じことを私に言うのですが「あっ、そう」と答えていると、長男が「N君オレンジジュース飲みたいって言ってるよ」と教えてくれました。相変わらず罪悪感を感じながら冷蔵庫からオレンジジュースを取り出してテーブルに戻って来ると、長男が
「N君は僕達と違う言葉をしゃべるんだ。Heaven Languageを話すんだよ。」
と言いました。
Heaven Language 「天国の言葉」。
天国に言葉なんかあるのかなぁ?もしあるんだったらこんな言葉なのかなぁ?N君は他の子供より天国に近いところにいるのかなぁ?そういえば、N君の話し方映画の中でエイリアンがしゃべってるのに似てるなぁ、でも天国とエイリアンは関係ないか・・・・なんて考えているとなんだか愉快な気持ちになってきました。

私はN君の言語障害をジャッジの目で見ていて9月から幼稚園に行けるのかなぁ?行ってもいじめられないかなぁ?なんて思っていたのですが、子供の思っている「天国の言葉」の中には、ジャッジはないなと。
病気や障害をからだの目で見てしまった時、「あーだ、こーだ」と考えてしまいます。ジャッジしてしまいます。でも私のこのちっぽけな頭で考えたところで病気や障害の本当の意味なんて分かるはずがないのですよね。だったら止めればいいんですよね。

「覚悟」しなくては・・・・・